くるまと暮らしの雑記帳

車のこと、暮らしのこと、思いつくままに

車のある生活を振り返る

2025年11月10日

地方に住んでいると、車は生活の一部です。免許を取ってからもう20年以上、ずっと車と一緒の生活を送ってきました。

最近、ふと自分とクルマの関係について考えることがあったので、少し振り返ってみようと思います。

最初の一台

免許を取ったのは大学生のとき。親の車で練習させてもらいながら、少しずつ運転に慣れていきました。

最初に自分で買った車は、中古の軽自動車でした。走行距離もそれなりにいっていて、エアコンの効きも怪しい車でしたが、自分のお金で手に入れた車というのは特別な感覚がありました。

週末になると意味もなくドライブに出かけたり、友人を乗せてあちこち回ったり。今思えば、あの頃が一番「運転すること自体」を楽しんでいたかもしれません。

生活の道具として

社会人になってからは、車は完全に生活の道具になりました。通勤、買い物、病院への送迎。地方では公共交通機関だけで生活するのは難しいので、車がないと日常が成り立ちません。

「便利だから乗る」という感覚が強くなって、かつてのようなワクワク感は薄れてきた気がします。でも、それはそれで悪いことではないのかもしれません。道具として当たり前に使えるというのは、ある意味で幸せなことです。

車を手放すタイミング

これまでに何台か乗り継いできましたが、車を手放すときはいつも少し寂しい気持ちになります。

以前、仕事で車の査定に関わっていたことがあるので、「車を売る」という行為についてはそれなりに詳しいつもりです。でも、いざ自分の車を手放すとなると、合理的に考えるだけでは割り切れない感情が出てきます。

長年乗った車には、その分だけ思い出も詰まっています。家族で出かけた旅行、深夜のドライブ、雪道で苦労したこと。そういった記憶ごと手放すような感覚があるのかもしれません。

これからの車との付き合い方

最近は電気自動車や自動運転の話題をよく目にします。車を取り巻く環境も、これからどんどん変わっていくのでしょう。

カーシェアリングという選択肢も増えてきて、「車を所有する」こと自体の意味も変わりつつあるように感じます。

自分がこれからどんな形で車と付き合っていくのかは、正直まだわかりません。ただ、地方に住み続ける限りは、何らかの形で車との関わりは続いていくのだろうと思います。

せっかくなので、その時々で感じたことを、こうして書き留めていければいいなと思っています。